浦安の祭はいつもわくわくする
江戸時代から神輿作りが盛んで、「神輿のまち」と呼ばれる市川市の行徳地区。同地区に唯一残る製作所が「中台製作所」(市川市本塩)だ。浦安では豊受神社と清瀧神社のそれぞれ2基の宮神輿の修繕や整備をしている。
三社例大祭の期間中は、神輿に修繕が必要になった場合などに備え、社員総出で手分けして宮神輿の渡御に付き添う。
「全国的にもあれだけ盛り上がる祭はなかなかない」と話す。祭を楽しむためには全力で、時には「馬鹿にもなれる」浦安の人たちを、器がでかいと感じている。
愛知県の仏具製作所で修業後、1994年に中台製作所に入社する。当初継ぐ予定はなかったたが、99年に、後継者だった兄・顕一さん(当時36)が亡くなる。父・実さん(85)の嘆きは深く「商売をやめたい」と漏らすほどだった。「俺がなんとかするよ」。自ら申し出て、2013年に家業を継ぐ。
思いは「行徳神輿の伝統をつなぐ」こと。豊受、清瀧の二社の宮神輿を制作した同地区の浅子神輿店と後藤神輿店は後継者の不在などで廃業した。行徳神輿のブランドを守ることで、両神輿店が残してきた歴史も風化させないことになる。18年に製作所の敷地に神輿の内部や職人の道具などを展示する「行徳神輿ミュージアム」を開館したが、あえて中台の名は付けなかった。
祭や神輿への思いを語る口調は熱い。「やるか、やらないかの議論をしている奴はアウト。どうやるか、しかない」。やるならどこよりも盛り上がろうという浦安の人たちの気合が好きだ。行徳と気質が似ているとも思う。「これは俺の持論なんだけど、浦安と行徳は合併した方が良いよ」と笑った。
取材執筆・泉澤多美子